ブログ「星辰」開設のごあいさつ

  • 2016.02.16 Tuesday
  • 19:36
ブログ「星辰」開設のごあいさつ                  川喜田八潮
 
「星辰」は、1998年・秋から2006年・秋にかけて、直接購読者を対象として、私が主宰し、刊行した、ささやかな文学・思想個人誌である。
 八年間にわたり、創刊号から第十一号までを出したところで、私の個人的事情のために休刊となった。
 その後、再刊行の志はあったものの、2007年以後の生活の激変と苦闘、及び病のために果たせず、2016年春の今日まで、物書きとして沈黙の歳月を強いられる破目になってしまった。今回ようやく、ブログの立ち上げというかたちで、「星辰」を再開・スタートさせることになり、心から嬉しくおもう次第である。
 新生ブログ「星辰」は、「プロフィール」にもあるように、私の妻であり、最高のパートナーである川喜田晶子が編集責任者となり、私を支えてくれることになった。彼女は、すでに歌人・桐島絢子として数々の優れた短歌や短歌評論を生み出してきた孤高の表現者であるが(「桐島絢子WebSite」参照)、文芸評論家としても、現在の日本で第一級の力量を持つ書き手であることを、私は、この場ではっきりと断言しておく。
 私自身の論考に興味を持たれた読者は、彼女の優れた評論をも、併せて味読いただければ幸甚である。「川喜田晶子KJ法blog」においても、そのエッセイや批評文に触れることができるのでご高覧いただきたい。
私たちの問題意識と志を共有していただける、縁(えにし)ある読者の方々とめぐり逢えることこそが、ブログ「星辰」の立ち上げにこめられた、私たちのささやかな願いなのである。
 
 ブログは、主に「連載」形式をとり、私自身の担当分については、当分の間、旧「星辰」の論考の中から、現在的な〈鮮度〉を失っていないと思われる文章を精選し、分載する予定である。かつて拙論をお読みいただいたことのある読者の方々にも、〈現在〉という地点から、かつてとは違った配列のもとでみつめ直すことで、新鮮な気分で再読いただけるものと考えている。
 たとえていえば、ミュージシャンが、昔発表した歌の数々を新たな気持ちで歌い直して再編したアルバムを出すようなものである。昔の歌であっても、「今」の時点から、全く新鮮な気分で耳を傾けることができよう。
 
「闇の喪失―ある戦後世代の追憶」は、2000年・冬刊行の「星辰」第五号、「七〇年代の分岐点―初期藤沢周平作品の闇」は、2001年・冬刊行の第六号に掲載されたもので、「宮沢賢治童話考」は2003年・春の第七号から2005年・春の第九号までの三回分の連載に、新たに書き下ろした論考(「三人兄弟の医者と北守将軍」及び「北守将軍と三人兄弟の医者」論)を加えたものである。
ただし、旧論考の再掲に当たっては、一部加筆もしくは修正を施した箇所があることを、お断りしておく。
 また、掲載予定の「自我と生命の境界―『新世紀エヴァンゲリオン』再考」は、旧「星辰」では、1999年・夏の第三号と1999年・秋の第四号に、(上)・(下)を分載したが、その内から「(上)」のみを、今回、独立した論考として再掲することとした。
「川喜田八潮公開インタビュー」(「星辰」第八号[2004年・春刊行]所収)は、2002年・六月に、当時私が勤務していた成安造形大学の芸術計画クラスの学生諸君が企画・開催した公開インタビューの内容を基に、学生新聞「かうばう」誌上に掲載された文章を再掲させていただいたものである。インタビューの文章などをブログに載せるのは、なんとも気恥ずかしいことだが、当時親しかったある若い編集者が、「とても分かりやすく、面白い」と言ってくださったので、自分の思想・モチーフを理解していただく一助になるかとも思い、今回思い切って再掲することとした。
 
 2007年から2015年までの九年間もの間、私は沈黙を守り続けてきたが、〈表現者〉としては、決して空白であったわけではない。この間に、私は三本の戯曲と一冊の評論を書きおろしている。そのタイトルは、以下の通りである。
 
戯曲『闇の水脈・愛憐慕情篇』
戯曲『闇の水脈・風雲龍虎篇』
戯曲『闇の水脈・外伝(潮騒の声)』
評論『平田篤胤』
 
 これらの作品は、戯曲『闇の水脈・天保風雲録』と併せて、順次刊行してゆく予定である。
 
 旧「星辰」創刊号(1998年・秋刊行)の「編集後記(竹声記)」の中で、私は、雑誌刊行の志について、次のように記した。今もこの想いは変わらないので、最後に引用することで、ブログ「星辰」開設のごあいさつとさせていただきたい。
 
**********************
 
 竹は、不動にして無窮の天に通じ、底深き大地に根を張っている。
 己が身を虚ろにし、形無き風の声をしなやかに響かせる。
 限りなく繊細にして、野太い。
 一本一本がくっきりとした個の輪郭を備え、天に屹立しながらも、互いに自己主張し合うこともなく、ひとつの根でつながっている。
 この竹林の姿がなつかしく、編集後記を竹声記とした。
 どんな場所で、どんな契機で書くにせよ、自分なりに可能な限り自在感を失わぬように心がけてきたつもりだが、それでも、他人様の雑誌ではどうしても書けぬことというのがある。それを、誰に気がねすることもなく存分に書けるようにするために、このような雑誌を始めた。
 そうしないと、我が内なる〈龍〉は、どうしようもなくもがき苦しむのである。
 

 
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