宮沢賢治童話考(連載第5回) 川喜田八潮

  • 2016.06.30 Thursday
  • 20:00

 

     13

 

 宮沢賢治の自然意識の半面である、生身の身体性への渇きに根ざしたアニミズム的な生命感は、「めくらぶだうと虹」や「おきなぐさ」にみられるような穏やかで親和的な形をとって顕われるとは限らない。自然への強烈な畏怖のおもいと結びついた、ダイナミックで荒々しい闇の感触となって表出されることもある。

 土俗的な伝説を活かした擬人化の手法と、雪景色の多彩でめまぐるしい変貌への優れた客観描写が一体化した「水仙月の四日」のような名作もあるけれども、私はむしろ、この系列のものでは、「種山ヶ原」や「祭の晩」「風の又三郎」のような、擬人化を排したリアリズム的な色彩の強い作品の中に、より魅かれるものをおぼえる。擬人化を排したことで、闇への畏怖感がより直接的でなまなましい手ざわりを帯びて立ち顕われるからである。

 ここでは、「種山ヶ原」を例にとって、その質感をたしかめてみよう。

 種山ヶ原というのは北上山地の真ん中の高原で、この高原のへりから四方に出た幾つかの谷の底には、ほんの数軒ずつから成る部落がある。春から夏にかけて、北上河谷のあちこちから沢山の馬が集められて部落の人たちに預けられ、上の高原で放牧される。種山ヶ原は気象の変化が激しく、放牧期間中ですら霧や雲に覆われていることが多い。

 この、近代化から取り残されているようなささやかな部落の子供である「達二」という少年の、夏休み終了間際の幻想的な体験のひとこまを克明に描いたのが、「種山ヶ原」である。

 資本制の完成と膨張による階層分化とアトム化の病理が急速に進行した日露戦後の明治末年に、『遠野物語』を書いて、内なる闇を喪失した小賢しい「平地人」を戦慄せしめんとした柳田国男と同様に、宮沢賢治は、この「種山ヶ原」や、後にはそれを改作した「風の又三郎」を書くことで、文明世界からやや隔たった生育環境に置かれた素朴な少年たちの、いまだ近代化によって圧殺されていない土俗の闇の息づかいを伝えようとしたのである。

 夏休みが終わり、集団的な学校生活が始まる直前の、あの妙にもの哀しい空虚な心持にある少年達二が、上の原で草を刈っている兄さんとおじいさんに弁当を届け、ついでに牛に草を食わせてくるように、という母親の言いつけで、種山ヶ原に出かける。

「光ったり陰ったり、幾重にも畳む丘丘の向ふに、北上の野原が夢のやうに碧(あを)くまばゆく」その姿をたたえ、「河が、春日大明神の帯のやうに、きらきら銀色に輝いて」流れている。

 種山ヶ原まで来ると、牛がにわかに駆け出し、逃げ去ってしまう。達二は夢中であとを追いかけるが、やがて息切れがして草の中に倒れこむ。

 しばらくして起き上がり、足跡をたよりに牛を捜そうとするが、すぐに路に迷ってしまう。空がどんよりと暗くなり、冷たい風が草を渡りはじめ、霧が立ちこめる。声をからして兄を呼ぶが、何の返事もない。ひっ返そうとするが前に来た路とは違っている。そして、いつしか眼前に、聞いたこともない大きな「谷」が出現する。

 すすきがざわざわと鳴り、谷は霧の中に底知れぬ深淵をたたえて不気味に浮かび上がっている。

 めくるめくような恐怖にかられた達二があわてて引き返すと、沢山の「馬の蹄(ひづめ)の痕」で出来上がっている小さな「黒い道」がいきなり草の中に顕われてくる。達二が夢中になって短い笑い声をあげながらその道をぐんぐん歩いてゆくと、やがて「大きなてっぺんの焼けた栗の木」の前に「野馬の集まり場所」のような円い広場が顕われ、道はぼんやり幾つにも岐れてしまう。

 

 達二はがっかりして、黒い道を又戻りはじめました。知らない草穂(くさぼ)が静かにゆらぎ、少し強い風が来る時は、どこかで何かが合図をしてでも居るやうに、一面の草が、それ来たっとみなからだを伏せて避けました。

 空が光ってキインキインと鳴ってゐます。それからすぐ眼の前の霧の中に、家の形の大きな黒いものがあらはれました。達二はしばらく自分の眼を疑って立ちどまってゐましたが、やはりどうしても家らしかったので、こはごはもっと近寄って見ますと、それは冷たい大きな黒い岩でした。

 空がくるくるくるっと白く揺らぎ、草がバラッと一度に雫(しづく)を払ひました。

(間違って原を向ふ側へ下りれば、もうおらは死ぬばかりだ)と達二は、半分思ふ様に半分つぶやくやうにしました。それから叫びました。

「兄(あい)な、兄な、居るが。兄な。」

 又明るくなりました。草がみな一斉に悦(よろこ)びの息をします。

「伊佐戸(いさど)の町の、電気工夫の童(わらす)ぁ、山男に手足ぃ縛らへてたふうだ。」といつか誰(たれ)かの話した語(ことば)が、はっきり耳に聞えて来ます。

 そして、黒い路が、俄(にはか)に消えてしまひました。あたりがほんのしばらくしいんとなりました。それから非常に強い風が吹いて来ました。

 空が旗のやうにぱたぱた光って翻へり、火花がパチパチパチッと燃えました。

 

「霧」と「谷」によって凝縮的に象徴される冷やかな死のイメージと、疾駆する「野馬」の体液を想起させる「黒い道」の生命的な野性の感触の、鋭いコントラストの中に、少年達二の生のおののきが鮮やかに脈うっている。

 この生死のコントラストは、引用文の描写のように、達二の体内で次第に拡がり彼を包み込んでゆく風景のアニミズム的な感触によって、さらに増幅されてゆく。

 脅威と喜悦、敵意と親和の気配を交錯させながら微妙に変容する空の表情、風の息づかい、草のゆらぎと、「冷たい大きな黒い岩」や「山男」の噂話が喚起する恐怖のおもいがあいまって、存在の織りなす闇と光のダイナミズムが、たよりなげな、それでいて生身の振幅の大きい、少年期独特の生存感覚を通して映し出される。

 達二はいつしか草に倒れてしまう。そこから後は、断片的で夢幻的な描写の連鎖となる。

 少年はまず、夢の中で、夏休み中の出来事の中で一番面白かった「剣舞(けんばひ)」の体験を想起する。「鶏の黒い尾を飾った頭巾(づきん)」をかぶり、「硬い板を入れた袴(はかま)」をはき、「あの昔からの赤い陣羽織」を着て、脚絆(きゃはん)や草鞋(わらじ)をきりっと結んで、「種山剣舞連」と大きく書いた沢山の提灯(ちょうちん)に囲まれて、皆と町へ悪魔払いの踊りに行った時の想い出である。

 

「さあ、みんな支度はいゝが。」誰(たれ)かが叫びました。

 達二はすっかり太い白いたすきを掛けてしまって、地面をどんどん踏みました。楢夫(ならを)さんが空に向って叫んだのでした。

「ダー、ダー、ダー、ダー、ダースコダーダー。」それから、大人が太鼓を撃ちました。

 達二は刀を抜いてはね上がりました。

「ダー、ダー、ダー、ダー。ダー、スコ、ダーダー。」

「危なぃ。誰だ、刀抜いだのは。まだ町さも来なぃに早ぁぢゃ。」怪物の青仮面(あをめん)をかぶった清介(せいすけ)が威張って叫んでゐます。赤い提灯が沢山点(とも)され、達二の兄さんが提灯を持って来て達二と並んで歩きました。兄さんの足が、寒天のやうで、夢のやうな色で、無暗(むやみ)に長いのでした。

「ダー、ダー、ダー、ダー。ダー、スコ、ダーダー。」

 町はづれの町長のうちでは、まだ門火を燃して居ませんでした。その水松樹(いちゐ)の垣に囲まれた、暗い庭さきにみんな這入(はひ)って行きました。

 小さな奇麗な子供らが出て来て、笑って見ました。いよいよ大人が本気にやり出したのです。

「ホウ、そら、遣(や)れ。ダー、ダー、ダー、ダー。ダー、スコ、ダーダー。」「ドドーンドドーン。」

「夜風さかまき ひのきはみだれ、

 月は射そゝぐ 銀の矢なみ、

 打ぅつも果てるも 一つのいのち、

 太刀(たあち)の軋(きし)りの 消えぬひま。ホッ、ホ、ホッ、ホウ。」

 刀が青くぎらぎら光りました。梨の木の葉が月光にせはしく動いてゐます。

「ダー、ダー、スコ、ダーダー、ド、ドーン、ド、ドーン。太刀はいなづま すゝきのさやぎ、燃えて……」

 組は二つに分れ、剣がカチカチ云ひます。青仮面(あをめん)が出て来て、溺死(いっぷかっぷ)する時のやうな格好(かくかう)で一生懸命跳ね廻ります。子供らが泣き出しました。達二は笑ひました。

 月が俄(には)かに意地悪い片眼になりました。それから銀の盃(さかづき)のやうに白くなって、消えてしまひました。

 

 達二の村の先祖たちは、おそらくいにしえより、平地人からは、常人にはない魔的な霊力を備えた、〈異族〉的な匂いを漂わせた存在として畏怖されていたのであろう。

 近代に入っても、そういう伝説的な色彩に染め上げられた「マレビト」的存在としての感覚が衰弱しつつ生き残っており、こういう「剣舞」の習俗が繰り返されていたにちがいない。

 月と大地と風が呼応する土俗の闇の深さと生命的なうねりの息づかいを活写したこの文章を挿入することで、少年達二の生存感覚は一段とふくらみを増し、みずみずしい野性味をたたえたものとなる。

 さらに、断片的な夢幻的シーンが続き、最後に「山男」が出現して達二をさらっていこうとするが、達二は素早く刀を奪い返して山男の横腹を突き刺し、殺してしまう。

 急にまっ暗になって雷鳴が烈しくとどろき、達二は眼をさます。

 すぐ前に牛が立っており、雷と風の音の中から、かすかに兄さんの声がきこえて、達二は無事に連れ戻される。

 祖父と兄に優しくいたわられながら、火にあたり、団子を食べているところへ、雨が上がって霧が切れ、すがすがしい陽光がさしこむ。

 この「種山ヶ原」という作品には、岩手県人宮沢賢治の縄文的ともいえる土俗的なアニミズムの濃密な体液と、一切の知的な小細工を排した生身の野性の息づかいが感じられ、私はなんともいえぬ風通しの良さをおぼえる。(この稿続く)

 

 

JUGEMテーマ:批評

JUGEMテーマ:日記・一般

 

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< May 2020 >>

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM