書評:スピノザ『エチカ』(連載第3回) 川喜田八潮

  • 2016.09.22 Thursday
  • 18:14

川喜田八潮評論集『コスモスの風』

書評篇

スピノザ『エチカ』(畠中尚志訳)岩波文庫(連載第3回)

 

     5

 

 「外部」にある諸物の力によって翻弄されない、真に内発的で純粋な「欲望」に生きる時、人は、世間・他人の評価や意見、大衆の支持などに全く左右されぬ、満ち足りた、確固たる己れ自身の足場を持つことになる。

 スピノザにとって、己れ自身の生命を維持し、それを「能動的」に高めることで、喜びに満ちた生の充実を味わうことは、「道徳的な善悪」の観念を超えた、真の「徳」に生きることであった。

 ニーチェと同様、スピノザは、道徳的な罪業の意識で己れをいたずらに責め苛み、生を蝕むことを嫌った。しかし、だからといって、スピノザは、「恥知らずの人間」や「人の痛みを感ずることのできぬ人間」を認めていたわけではない。

 スピノザによれば、「恥辱」の感情は、「憐憫」(れんびん)と同様、決して「徳」ではないけれども、「あたかも苦痛が身体の損傷部分のまだ腐敗しない証拠である限りにおいて善と言われる」のと同様に、「恥辱を感ずる人間には端正な生活を営もうとする欲望が存している証拠である限りにおいて善である」として、その価値を認めている。(「第四部」定理五八の「備考」より)

「ゆえにある行為を恥じる人間は実際は悲しみを感ずるけれども、端正な生活を営もうとする欲望を有しない無恥の人よりも完全なのである。」

 スピノザが「悲しみ」や「恐怖」といった感情を忌み嫌ったのは、それが生を萎縮させるからであり、いたずらに精神を濁らせるだけで、理性の指図に従って「なすべき事」を沈着になす上で、なんら有効性を持たず、ただ妨げになるだけだからである。

 同様に、スピノザは、人の心を悲しみによって打ち砕き、罪業や因果応報の理念、恐怖を利用することで、無力感や不条理感、蒼白い死の想念を注ぎ込み、人の生気・活力を奪い去ろうとする種々の「迷信」や「悪しき暗示」、及びその根底をなす「生への怨恨(ルサンチマン)」、さらには、人間を愚かしい〈我執〉の奴隷とする「後悔」や「嫉妬」「愛憎」といった諸々の情念を、烈しく忌み嫌った。

 彼は、明晰・判明な理知の力をひたすら研ぎ澄ましてゆくことで、それら負の情念への「隷属」を超えてゆくことができる、と考えた。

 裏返して言えば、彼は、迷信や悪しき情念に盲目的に振り回され、奴隷となっている、哀れで浅ましい、悪業深い、度し難い人間どものあるがままの生態というものを、『エチカ』「第四部」で、徹底的に凝視してみせているのである。

 その「度し難さ」、おぞましさを、ひるむことなく「見切る」ことこそが、〈超越〉=解脱へと抜けてみせる、唯一の活路なのであった。

 

(「第四部」定理三七の「備考一」より)

自分の愛するものを他の人々が愛することを、また自分の意向通りに他の人々が生活することを、単に感情に基づいて努める人は、本能的にのみ行動するものであって、そのゆえに人から憎まれる。ことに別の好みを有してそのために同様の努力をなし、やはり自分の意向通りに他の人々を生活させようと等しく本能的に努めるような人々から憎まれる。次に人間が感情によって欲求する最高の善は、しばしば一人だけしか享受しえないような種類のものであるから、この結果、愛する当人はその心中に不安を蔵し、自分の愛するものに対する賞讃を語ることを喜びながらも同時にそれが人から信じられるのを恐れるというようなことになる。/ところが他の人々を理性によって導こうと努める人は本能的に行動するのでなく、友愛的かつ善意的に行動するのであってその心中きわめて確固たるものがある。

「(「第四部」定理五七)高慢な人間は追従の徒あるいは阿諛(あゆ)の徒の現在することを愛し、反対に寛仁の人の現在することを憎む。

証明 高慢は人間が自己について正当以上に感ずることから生ずる喜びである(……)。この謬見(びゅうけん)を高慢な人間はできるだけはぐくむことに努めるであろう(……)。したがって彼らは追従の徒あるいは阿諛の徒(……)の現在することを愛するであろう。そして彼らをその正当の価値において判断する寛仁の人の現在することを忌避するであろう。Q・E・D・」

(定理五七の「備考」より)

「ここで高慢の弊害のすべてを列挙するとしたらあまりに長くなるであろう。なぜなら高慢な人間はあらゆる感情に支配され、ただ愛および同情の感情から最も縁遠いだけだからである。/しかしここに言わずにいられないのは、他人について正当以下に感ずる者もまた高慢と呼ばれるということである。したがってこの意味において高慢は、人間が自己を他の人々よりすぐれていると思う謬見から生ずる喜びであると定義される。そしてこの高慢の反対である自卑は、人間が自己を他の人々よりも劣ると信ずる謬見から生ずる悲しみとして定義されるであろう。このことが明らかにされた上は、高慢な人間が必然的にねたみ深いこと(……)、そして彼は、徳について最も多く賞讃されるような人々を最も多く憎み、これらの人々に対する彼の憎しみは愛や親切によって容易に征服されないこと(……)、また彼の無能な精神に迎合して彼を愚者から狂者たらしめるような人々の現在することのみを彼は喜ぶこと、そうしたことを我々は容易に了解しうるのである。」

自卑は高慢の反対であるけれども、自卑的な人間は高慢な人間にもっとも近い。実際彼の悲しみは自己の無能力を他の人々の能力ないし徳に照して判断することから生ずるのであるから、彼の表象力が他人の欠点の観想に専心する時に彼の悲しみは軽減するであろう。言いかえれば彼は喜びを感ずるであろう。「不幸な者にとっては不幸な仲間を持ったことが慰安である」というあの諺はここから来ている。反対に彼は自分が他の人々に劣ると信ずれば信ずるだけますます多く悲しみを感ずるであろう。この結果として、自卑者ほど多くねたみに傾く者はないこと、彼らは是正してやるためによりも、とがめだてをするために熱心に人々の行為を観察することに努めること、最後にまた彼らは自卑のみを賞讃し、己れの自卑を誇り、しかも自卑の外観を失わないようにしてそれをやるということになる。」

「(「第四部」定理五八)名誉は理性に矛盾せず、理性から生ずることができる。」

(定理五八の「備考」より)

いわゆる虚名[虚しき名誉]とは単に民衆の意見によってはぐくまれる自己満足であって、この意見が終熄(しゅうそく)すれば満足そのもの、言いかえれば(……)各人の愛する最高の善も終熄する。それで、民衆の意見の裡(うち)に名誉を求める者は、名声を維持するために日々心配と不安の中に努力し、行動し、企てることになる。実に民衆は移り気で無定見であって、名声はうまく維持しなければたちまち消失するからである。のみならずすべての人間が民衆の喝采(かっさい)を博そうと欲するがゆえに、各人は好んで他人の名声を阻止する。そこで、最高と評価される善を得ようと争うのであるから、あらゆる方法で仲間を圧倒しようとする激しい情熱が生ずる。そして最後に勝利者となる者は、自己を益したことによりも他人を害したことにより多く名誉を見いだす。このようにしてこの名誉ないし満足は何の満足でもないのだから、実は空虚なものなのである。

「(「第四部」定理六三)恐怖に導かれて、悪を避けるために善をなす者は、理性に導かれていない。」

(定理六三の「備考」)

徳を教えるよりも欠点を非難することを心得、また人々を理性によって導く代りに恐怖によって抑えつけて徳を愛するよりも悪を逃れるように仕向ける迷信家たちは、他の人々を自分たちと同様に不幸にしようとしているのにほかならない。それで彼らが多くの場合人々の不快の種となり、人々に憎まれるというのも怪しむに足りないのである。」

(「第四部」定理六六及び系の「備考」より)

「……感情ないし意見のみに導かれる人間と理性に導かれる人間との間にどんな相違があるかを我々は容易に見うるであろう。すなわち前者は、欲しようと欲しまいと自己のなすところをまったく無知でやっているのであり、これに反して後者は、自己以外の何びとにも従わず、また人生において最も重大であると認識する事柄、そしてそのため自己の最も欲する事柄、のみをなすのである。このゆえに私は前者を奴隷、後者を自由人と名づける。

「(「第四部」定理七〇)無知の人々の間に生活する自由の人はできるだけ彼らの親切を避けようとつとめる。

証明 各人は自己の意向に従って何が善であるかを判断する(……)。ゆえに誰かに親切をなした無知の人はそれを自己の意向に従って評価するであろう。そして彼はそれを受けた人からそれがより小さく評価されるのを見るとしたら悲しみを感ずるであろう(……)。ところが自由の人は他の人々と交友を結ぶことにはつとめるが(……)、しかし彼らに対して彼らの感情から判断して同等とされるような親切を報いることにはつとめないでむしろ自己ならびに他の人々を自由な理性の判断によって導こうとし、彼自身が最も重要として認識する事柄のみをなそうとつとめる。ゆえに自由の人は、無知の人々から憎しみを受けぬために、そしてまた彼らの衝動にでなく単に理性のみに従うために、彼らの親切をできるだけ避けようと努めるであろう。Q・E・D・」

(定理七〇の「備考」)

私は「できるだけ」という。なぜなら彼らは無知な人間であってもやはり人間であって、危急な場合には、何より貴重な人間的援助をなしうる。このゆえに彼らから親切を受け、したがってまた彼らに対し彼らの意向に従って感謝を示すことの必要な場合がしばしば起こるのである。これに加えて、親切を避けるにあたっても、我々が彼らを軽蔑するかに見えぬように、あるいは我々が貪欲のゆえに報酬を恐れるかに見えぬように、慎重にしなくてはならぬ。すなわち彼らの憎しみを逃れようとしてかえって彼らを憤らせるようなことがあってはならぬ。ゆえに親切を避けるにあたっては、何が利益であるか何が端正であるかを考慮しなければならぬ。

「(「第四部」定理七一)自由の人々のみが相互に最も多く感謝しあう。

証明 自由の人々のみが相互に最も有益であり、かつ最も固い友情の絆をもって相互に結合する(……)。そして同様な愛の欲求をもって相互に親切をなそうと努める(……)。したがって(……)自由の人々のみが相互に最も多く感謝しあう。Q・E・D・」

(定理七一の「備考」より)

盲目的な欲望に支配される人々が相互に示すような感謝は、多くは感謝というよりもむしろ取引あるいは計略(アウクピウム)である。」

(第四部「付録」より)

「第一〇項 人間は相互に対してねたみあるいは何らかの憎しみの感情に駆られる限りその限りにおいて相互に対立的である。したがってまた、人間は自然の他の個体よりいっそう有能であるだけにそれだけ相互にいっそう恐るべき敵なのである。

 第一一項 しかし人間の心は武器によってでなく愛と寛仁とによって征服される。

 第一二項 人間にとっては、たがいに交わりを結び、そして自分たちすべてを一体となすのに最も適するような紐帯によって相互に結束すること、一般的に言えば、友情の強化に役立つような事柄を行なうこと、これが何より有益である。

 第一三項 しかしこれをなすには技倆と注意が必要である。なぜなら、人間というものは種々多様であり(理性の指図に従って生活する者は稀であるから)、しかも一般にねたみ深く、同情によりも復讐に傾いている。ゆえに彼らすべての意向に順応し、それでいて彼らの感情の模倣に陥らないように自制するには、特別な精神の能力を要する。一方、人間を非難し、徳を教えるよりは欠点をとがめ、人間の心を強固にするよりはこれを打ち砕くことしか知らない人は、自分でも不快であり他人にも不快を与える。……

「第一四項 このように人間は大抵自己の欲望に従って一切を処理するものであるけれども、人間の共同社会からは損害よりも便利がはるかに多く生ずる。ゆえに彼らの不法を平気で堪え、和合および友情をもたらすのに役立つことに力を至すのがより得策である。

 第一五項 この和合を生むものは正義、公平、端正心に属する事柄である。なぜなら人間は不正義なこと、不公平なことばかりでなく非礼と思われること、すなわち国家で認められている風習が何びとかに犯されるようなことも堪えがたく感ずるからである。/さらに進んで愛を得るには宗教心および道義心に属することが最も必要である。……」

「第一六項 そのほかに和合はしばしば恐怖から生まれるのが常である。しかしこれは信義の裏づけのない和合である。これに加えて、恐怖は精神の無能力から生ずるものであり、したがって理性にとっては無用である。あたかも憐憫が道義心の外観を帯びているにもかかわらず理性にとって無用であるのと同様に。」

「第二五項 礼譲、言いかえれば人々の気に入ろうとする欲望は、それが理性によって決定される場合は道義心に属し(……)、これに反してそれが感情から生ずる場合は名誉欲、すなわち人間が道義心の仮面のもとにしばしば不和と争闘をひき起こす欲望となる。なぜなら〔理性によって決定される人すなわち〕、他の人々が自分とともに最高の善を享受するように助言ないし実践をもって彼らを助けようと欲する人は、特に彼らの愛をかち得ようとつとめはするであろうが、彼らに驚嘆されて自分の教えが自分の名前によって呼ばれるようにしようとは努めないであろうし、また一般に、ねたみを招くようないかなる機縁をも作らないようにするであろう。また普通の会話においても人の短所を挙げることを慎み、人の無能力についてはわずかしか語らないように注意し、これと反対に、人間の徳ないし能力について、またそれを完成する方法については大いに語るようにするであろう。このようにして彼は、人々が恐怖や嫌悪からでなく、ただ喜びの感情のみに動かされてできるだけ理性の指図による生活をしようと努めるようにさせるであろう。

 

 人間の浅ましさや弱さ、暗愚さ、生の険しさをひたすら凝視するスピノザの透徹したまなざしの背後に、私たちは、孤独な生活者・表現者として、四十五年の受難の人生を静かに耐え抜き、生き抜いてみせた、ひとりの〈苦労人〉の土性骨、生の厚みを視てとることができよう。(この稿続く)

 

 

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