〈生き難さ〉のアーカイブス〜「詩を描く」若者たち〜(連載第7回) 川喜田晶子

  • 2017.12.27 Wednesday
  • 12:10

 

〈自分〉が痛むとき

 

 学生たちの作品における〈自分〉の痛みは、「なぜ自分だけがこんなおもいを抱えているのか」といった問いというよりは、誰だって痛みは抱えているだろうけれども、決して共有などできないのだ、伝わることはないのだ、といった関係全般の不毛性の喩のように感じられる。関係とは不毛なものだ、世界は自分と他者とを繋いではいない、という風景を生きている。そこで発せられる個人の〈痛み〉は、掘り下げても掘り下げても類的な貌にはならない、という意味でのみ、〈現在〉という時代の普遍性に通じてしまっている。

 近現代の詩人たちの作品には、もう少し、言わば剛胆な異形意識のようなものが滲む。時代から非常に突出したかたちで異形性を担わねばならなかった表現者とその作品、という存在感を主張しているのだ。大衆から浮き上がった異形の魂を表現することが、ネガのように、当時の大衆の病理や不条理感を浮かび上がらせるのである。

 異形性や個人史の井戸を掘れば、大海にも通じていたと言えばよいだろうか。

 

足たたば不尽(ふじ)の高嶺(たかね)のいただきをいかづちなして踏み鳴らさましを   正岡子規

 

菫(すみれ)ほどな小さき人に生れたし   夏目漱石

 

しろがねの笛の細きも燃ゆる火の焔(ほのお)の端も嘗(な)むるくちびる   与謝野晶子

 

晝(ひる)の海にうかべる月をかきくだき真(ま)青(さお)き鰭(ひれ)となりて沈まむ   若山牧水

 

鳳仙花(ほうせんか)うまれて啼(な)ける犬ころの薄き皮膚より秋立ちにけり   北原白秋

 

指さきのあるかなきかの青き傷それにも夏は染(し)みて光りぬ   北原白秋

 

うすみどり/飲めば身体(からだ)が水のごと透(す)きとほるてふ/薬はなきか   石川啄木

 

怒る時/かならずひとつ鉢(はち)を割り/九百九十九割りて死なまし   石川啄木

 

床(とこ)の間に祭られてあるわが首をうつつならねば泣いて見ていし   前川佐美雄

 

 

   居直りりんご   石原吉郎

 

ひとつだけあとへ

とりのこされ

りんごは ちいさく

居直ってみた

りんごが一個で

居直っても

どうなるものかと

かんがえたが

それほどりんごは

気がよわくて

それほどこころ細かったから

やっぱり居直ることにして

あたりをぐるっと

見まわしてから

たたみのへりまで

ころげて行って

これでもかとちいさく

居直ってやった

 

磔(はりつけ)の釘打つ如く咳きはじむ   野見山朱鳥

 

螢来てともす手相の迷路かな   寺山修司

 

 正岡子規や与謝野晶子の剛胆な歌いっぷりには脱帽せざるを得ない。

「足たたば」どれほどこの世界を己れの生命で自在に活かしめることだろう、といった連作を、子規は病床にあって激烈に歌った。世界に己れが生かされていることで、世界を生かすのは自分だ、といった近代的自我を謳歌し得る魂があった。

 晶子もまた、繊細な情趣の極みも情熱的な恋慕の業火も怖れぬ身体で、この世界を押し拡げながら生きて歌うことができた歌人だ。

 

「菫ほどな小さき人」に生れたいという漱石が可愛く見える。初発の近代のエネルギーが充満する社会の、そのエネルギーに疲れていただろうか。近代的自我というしろものが、それほど結構なものではないことに、表現者は早々に気づいてゆく。

 

 牧水・白秋・啄木の異質さと同世代性についてはすでに触れてきた。彼ら〈藤村操世代〉以降、表現者の異形意識は、大衆の中に潜む異形意識に少しずつ近づいてゆく。

 真っ青な「鰭」や、犬ころの「薄き皮膚」や、指先のかすかな「青き傷」や、飲めば身体が透きとおる薬への渇望や、九百九十九の怒りのたびに鉢を割って死にたいおもい。それらは、華厳の滝に投身自殺した藤村操や、その後追いに走った青少年たちの無意識の深層にも潜んでいた、この世界への鋭い異和の念であり、明晰にはとらえ難い不条理感に身体の根を蝕まれつつあった大衆の、不穏な魂のきしみをシンボリックに掬い上げた表現であった。

 

 前川佐美雄の表現は、さらに〈現在〉に近づく。エキセントリックな表現に見えるが、昭和初期の大衆の無意識には、床の間に己れの首が祭られているのを泣きながら凝視するような、自分自身への極北の異和感が蔓延していたのだ。誰が何のために祭ったのかが、作品には歌い込まれていない。その不気味さこそが、世界によって生かされるどころか、世界によって不断に殺されているような生存感覚の不毛を強いられ、ほんのひと押しでウルトラナショナリズムへとなだれ込む、時代の空気だったのだろう。

 

 石原吉郎(大正4年生まれ)の作品は、「りんごがちいさく居直る」情景だけを想像すれば微笑ましい詩篇と見えるが、作者にシベリア抑留体験があったことを知ると、「りんご」の「居直り」にはらまれた苦しげな息づかいがしのばれる。そしてそのことで逆に、この「居直り」によって、時代が抱えていた不条理感の質を、個人的な文脈を超えて普遍的なものとして把握できるようにもおもうのだ。作者もまた、そのように読まれることを望んだのではなかったか。

「個人」というものの心細さをとことんまで推し進めたのが実は「近代」ではなかったのか。「近代的自我」の確立、というのは一度も実現されたことなどなくて、「個人」というしろものがいかに心細いものであるかを知らしめただけではなかったのか。

 この問いは、今も消えてはいない。

 

 野見山朱鳥(大正6年生まれ)の「磔(はりつけ)の釘打つ如く咳きはじむ」には、キリストと、キリストを十字架にかける大衆の心理との対比を喩として、「聖なるもの」のゆくえが歌い込まれていて面白い。どこかで自分の中のキリストを殺して生き延びながら、そのことへのうしろめたさを感じるときの異和感が「咳」となって表現されている、と読める。

 作者は生涯の長きにわたって肺を病んでいたようだが、「咳」の苦しみが聖性抹殺の苦しみに喩えられているところに、句に内包された批判精神を感じることができる。戦後、美しいもの、聖なるものの居場所に困窮する魂の表現として秀逸だ。

 石原の表現についても言えることだが、個人的な感慨や苦悩が普遍性を獲得してゆく臨場感が凛としている。

 

「螢来てともす手相の迷路かな」も、寺山らしい戦後的表現だ。前近代的な「螢」なら、個人の手相を、その個人の人生を包み込む自然・コスモスへと押しひろげてみせるのだが、寺山の「螢」は、狭窄された意味しか持たぬ個人の「手相」の貧しい迷走ぶりを侮辱し、「手相」は、場違いな「螢」の灯りによって曝される己れの迷走に赤面するかのようだ。

 

 近代的に〈自分〉を解放する歓びはつかの間、表現者のゆくてを照らしたが、解放はやがて、不毛な〈痛み〉だけが連鎖する断絶の叫びへと遷移して、〈現在〉の個人の足もとを小さく照らしている。

 嘘っぱちの太陽を掲げるよりも、ごまかしの無い小さな灯りを掘り下げてゆく、現在の若者たちの〈表現〉は、近現代の詩人たち以上に厳しい十字架を背負っているのだとおもう。(この稿続く)

 

 

JUGEMテーマ:日記・一般

JUGEMテーマ:日本文学

JUGEMテーマ:批評

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< October 2019 >>

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM