〈生き難さ〉のアーカイブス〜「詩を描く」若者たち〜(連載第10回) 川喜田晶子

  • 2018.03.22 Thursday
  • 21:24

まだ見ぬ空

 

 学生たちの表現は、一見、昨今のゲーム感覚に汚染されているかのようだが、短い詩篇の中で、この現実における己れの意味を賭けて静かに闘っていた。ゲーム感覚によって世界が狭窄されたのではなく、狭窄された世界観の喩としてのゲームである。狭窄された世界観との闘いは、むしろ古典的な相貌を帯びるほどだし、そこで彼らが見たいと望んだ「空」の風景は逆に新しい。

 

 

   変身   M・M

 

ある日とつ然

空に亀裂が入る

 

異空間から怪物がやってきた

一変した日常

姿を変えて戦う人々

そんな日はこれからも来ることはないだろう

そんな日が来たらおもしろそう

街を歩きながら

目に見える風景にらくがきをした

 

「そんな日が来たらおもしろそう」という言葉の表層とはうらはらに、この作品には、ヴァーチャルな怪物や戦闘シーンによって、現実世界を更地にしてみることへのはしゃいだ期待感は無い。

 庵野秀明が『エヴァ』でこだわってきたような風景、あるいはゲームの中での戦闘シーンを想起させる風景が描かれ、そこでは異空間から怪物がやってきて、人々が「姿を変えて」戦っているのだが、「そんな日はこれからも来ることはないだろう」「そんな日が来たらおもしろそう」というフレーズには、すでにヴァーチャルになら現実を異化され尽くした〈現在〉へのうんざりした想いが漂う。

 表層的な文脈では、これからも変わることが無さそうな「街」を歩きながら、その不変の表情の「街」の風景に「らくがき」をする、つまり想像力で怪物と人々との戦闘シーンを上書きしてみてささやかな気晴らしをしているかのようだ。

 しかし、この作者は、変わることの無い〈日常〉をヴァーチャルに修正したくて「らくがき」をしているのではない。もはや、〈日常〉をヴァーチャルな怪物や戦闘で塗り替える行為ならやり尽くされてきた〈現在〉において、本当の「亀裂」や「一変した日常」とは何か、誰も問うていないことの手触りを、静かに提示していると感じさせるのだ。

〈日常〉と〈非日常〉、〈信〉と〈不信〉、〈責任〉と〈無責任〉、〈社会〉と〈個人〉、そんな対立概念のはざまで、どちらかを択ぶことをやわらかく拒否している文体が、どちらかを択ぶ鋭さよりも不安をそそる。

「ある日とつ然」静かに空に「亀裂」が入り、私たちは静かに魂の「姿を変えて戦う」。そのような「変身」を想い描く行為は、新しい。

 

 

   存在   Y・R

 

見えないはずの彼女を探す

くつもぬぎすてて

彼女はここにいてはいけない

彼はなきながら探す

彼女が早くこの世界に来られるように

彼はついに私を見つけた

泣きながら必死で私を消しに来た彼に一言だけ伝えた

「今度はもっと楽しいのがいいな」

 

 ゲームやパソコンの中では容易に消去できる「存在」。ある世界から「切り取り」、別の世界へ「貼り付け」ることも可能だ。そのような「切り取り」や「コピー&ペースト」が可能な世界ならば、存在も軽いはずなのだが、この作品では、「彼」は「彼女」を探し出し、別の世界へ移動させることに必死である。「くつもぬぎすてて」「泣きながら」、ある世界での「彼女」を消して、別の世界へ移動させようとする「彼」。その「彼」に、「私」は「一言だけ」伝えるのである。「今度はもっと楽しいのがいいな」と。

「今度は」ということは、既に「前回」や「前々回」もあったのかもしれない。何度目かの「貼り付け先」であるところのこの世界の居心地が悪すぎた、そう考えることで、作者はかろうじて息をしている。そして、命賭けで自分を別の世界、いるべき世界へと貼り付け直そうとしてくれる「彼」の存在によって、己れの意味を持ちこたえている。

 

 

   無題   S・H

 

囲め 囲め

机上の空論

すべては碁盤の目の上

0と1の境界

沈んでく 記憶

空の色を2進法で知る時代

嘘つきな数字とたわむれ

捻った頭脳と少しのヒントで

解けるはずの南京錠

まだ開かないままで

かごめかごめ

後ろの正面 立つ君の

目が見えない

自分で作った剣の檻

封じられたまま

まだ見ぬ空を

焦い願う

 

「かごめかごめ」は、集団の輪の中にいる目隠しされた「鬼」が、「後ろの正面」を当てる遊びである。その「後ろの正面」に「立つ君」の「目が見えない」。絶対的な答を持つ者との遥かな距離を感じさせるフレーズだが、「自分で作った剣の檻」の「南京錠」は、「解けるはず」のものだ。ほんの少しだけ何かが変われば。

 だが、作者はその「檻」に「封じられたまま」「まだ見ぬ空を/焦い願う」だけである。それでも、彼女はその「空」を知っている。「机上の空論/すべては碁盤の目の上」に世界が囲い込まれ、「空の色を2進法で知る時代」において、「0と1の境界」に「沈んでく 記憶」。それでも彼女は本当の「空の色」を知っている。彼女の個人史の輪郭を超えて、どこかで知っている。だから「焦い願う」ことが可能なのだ。

 他者や社会によってではなく、「自分で作った剣の檻」であることを察知している彼女には、この「檻」は既に開けられたも同然であろう。

「まだ見ぬ空」を描きながら、私たちにある懐かしさと絶対的なみずみずしさを想起させるこの一篇は、〈個人〉というものの輪郭の強さと、意外にたやすく〈類〉に開かれてゆく私たちの身体の秘密を、鮮やかに示している。(この稿続く)

 

 

 

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