東映初期カラーアニメーションのコスモスー『少年猿飛佐助』と『白蛇伝』を中心にー(連載第12回) 川喜田八潮

  • 2018.08.29 Wednesday
  • 15:32

 

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『山椒大夫』に透かし視える、観念的・道徳的な理想主義と表裏一体となった、法治主義による〈治者〉の位相という奴は、本当にぞっとしない。

 哀切な姉弟の不条理劇の結末がこれでは、あまりにもひどいではないか。

 私がこんな風に言うと、もちろん、近代文学の作家・評論家・学者先生たちは、「文学は勧善懲悪じゃないんだゼ」と、口を揃えてなじることであろう。

「この世には、はらわたが煮えくり返るような不条理が無数に、いたる所にあるんだゼ」とも。

 だが、彼らは、「勧善懲悪」という思想の真の〈意義〉というものが、まるで分かっていないのだ。

 それは、虚構作品に織り込められた〈象徴性〉の意義がまるで分かっていないということであり、ひいては、私たちの生活風景、経験の内に立ち顕われる、さまざまな事象の〈象徴的意義〉が、まるで視えていないということでもある。

 つまり、「勧善懲悪」を貶める彼らの論法は、地上的・三次元的な物的対象のニュートラルでメカニックな運動や、人間心理と社会・自然現象への客観的な観察や、因果関係の理念のみに意識を拘束された、近代合理主義者(モダニスト)としてのまなざしの狭さ、貧寒なリアリズム的世界観の限界を、まざまざと露呈させるものでしかない、ということだ。

 彼らモダニストたちの人間認識や人間観察がどれほど精緻なものであろうとも、また、人間の深層心理への洞察がどれほど透徹していようとも、私たちの固有の人生に立ち顕われる、固有の〈出逢い〉、固有の〈えにし〉、固有の〈めぐり合わせ〉というものは、それらのニュートラルで合理主義的な認知なるものをはるかに超えた、霊妙不可思議な象徴的相貌を帯びて、私たちの身体感覚を揺さぶるのである。

 そのような、怖ろしくも美しい、主・客融合的で不可知なる存在の実相こそ、私たちを真に活かしめるものである。

 ただ、身体的なレベルにおける〈象徴的感受〉という体験ないしは表現方法を通してのみ、私たちは、三次元に意識を拘束された近代合理主義の狭量さを超えることができるのであり、地上的な不条理感を超える四次元的な生存感覚を(たとえ一時(いっとき)であろうとも)体感することができるのである。

「勧善懲悪」という手法は、〈虚構〉による物語的な造形を通して、己れの三次元的な不条理感の苦しみを吐き出すと共に、それを打破し、塗り変える四次元的な身体感覚を象徴的に紡ぎ出すエンターテインメントの表現形式として、立派に、その芸術性を主張できるものである。

 ただし、私がここでいう善悪とは、観念的な規範としての道徳的な善悪のことではない。

〈悪〉とは、人の固有の生命を圧殺し、不条理に陥れようとする、まがまがしき邪気・邪念のことであり、〈善〉とは、それに抗(あらが)い、不条理の底から立ち上がり、闇の深奥から、生気ある光を紡ぎ出し、幸せにならんとする不屈の意志、情熱のことである。

〈虚構〉としての「勧善懲悪」は、そのような、生命的な価値としての善と、それを圧殺せんとする反生命、虚無、死の象徴としての悪の、四次元的な葛藤のドラマを演出するものでなければならない。

 時代劇という虚構の手法は、そのような象徴的演出にとって、まさにうってつけの舞台を提供してくれる。

 

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 すでに詳細に論じたように、一九五九年公開のアニメ『少年猿飛佐助』は、和魂と荒魂の均衡、光と闇の両義性の葛藤による勧善懲悪のドラマを通して、美事な身体的解放感を演出することができていた。

『安寿と厨子王丸』のような酷い設定の制約下にあっても、やろうと思えば、それは可能であったはずだ。

 ちなみに、鷗外の創作のベースとなった、中世の語り物「説経節」の『さんせう太夫』では、弟を逃がした姉の安寿は、山椒太夫の三男「三郎」によって、残忍きわまる拷問を受けて、殺される。神仏の加護によって守られ、窮地を脱し、都まで逃れた厨子王は、梅津の院という公家に見出されて、その養子となり、帝(みかど)に引き立てられて、陸奥五十四郡と日向・丹後の国を与えられる。

 丹後の由良におもむいた厨子王は、山椒太夫とその息子・三郎によって姉が責め殺された事を知り、復讐の鬼と化す。

 彼は、昔、奴婢であった姉弟に情けをかけてくれた太夫の長男・太郎と次男の二郎は許すが、三男の三郎だけは、父親共々、決して許さない。

 まず、太夫を土中に埋め、息子の三郎に、父親の首を竹鋸(たけのこぎり)で引かせて処刑し、さらにその後に、三郎を浜に連れて行き、道行く山人たちに、七日七夜、首を引かせて、極限的な地獄の責め苦を味わわせたあげく、死に至らしめるのである。まさに、「目には目を」の、凄まじいリベンジというべきである。

 これは、実際にも、中世で行使されていた処刑法であって、中世後期の室町時代に創られたと推定される説経節の語り物の中で、このような私的怨恨を晴らす報復の権利が、公(おおやけ)の「仕置(しおき)」として認められていたのは、当時としては、リアルな風景であったと考えられる。

 安寿への酸鼻な拷問の描写といい、厨子王による処刑といい、近代の私たちの眼から視れば、野蛮きわまる、耐えがたい設定のように思われるかもしれないが、極度の低生産力水準のもとで、天変地異や疫病や飢饉の脅威にさらされ、戦乱に明け暮れる、アナーキーな中世後期のカオスの世を、必死に生き抜いていた民にとって、「目には目を」の復讐物語は、さぞや深いカタルシスを覚えさせてくれるものであったに違いない。

 それは、民にとっておそらく、己れの人生の不条理感の全てを、一瞬吹き飛ばしてくれるほどの、身体的な〈解放感〉を与えてくれるものであったろう。

 この語り物の魅力の真髄は、主人公の姉弟がこうむった不条理性の凄惨さと、それに対する、これまた残虐きわまる復讐の情念の、シンプルな〈対比〉の鋭さにあるといっていい。

 それは、荒ぶる神と荒ぶる神の〈激突〉のドラマである。

 その対比の鋭さが大衆に異様な感銘を与え得たとすれば、それは、多分に稚拙なところのある説経節のリアリズム的な描写のせいではなく、「語り物」としての、音楽的な〈リズム〉と〈声音(こわね)〉によって喚起された身体感覚のインパクトのせいであったに違いない。

〈観念〉ではなく、身体感覚の深奥に息づいている、三次元的・可視的な〈個〉の殻を超えた、森羅万象に拡がる、四次元的・不可視的な〈無意識〉のエネルギーが、物語的な〈暗喩〉という、メタフィジカルな〈象徴性〉の形をとって、一気に解放されたからである。

 中世の語り物・唱導文学を担った、琵琶法師や「ささら説経」の徒のような芸能の民によって受け継がれ、定着していった舞い、曲、語りというものは、おそらく、そのような、個を超えた類的な生命感と結びついた共同的無意識と鋭く共振し、それを喚起するものであったに違いない。

 その無意識が励起され、意識面に浮上することは、己れを包み込んでいる大自然の〈気配〉をまざまざと肌で感じ取るということであり、その気配・流れと一体化して生きることは、己れの深奥に宿る闇と光のダイナミズムのエネルギーを、本能的・官能的に解き放つという営みだったのではあるまいか。

 ニーチェ風に言うなら、それはまさに、ディオニュソス的な陶酔・乱舞による祝祭的な時間の顕現であったということになろう。

〈芸能〉の源泉とは、元来、そのような古代・中世的な四次元的生存感覚の象徴的解放を通じて、地上的な不条理感を超え、生の風景を更新することで、「生き抜こう」とする気力を鼓舞せんとする、ささやかな試みであったはずである。(この稿続く)

 

 

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