宮沢賢治童話考(連載第1回)  川喜田八潮

  • 2016.02.19 Friday
  • 10:46

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 宮沢賢治は、恐ろしい生き難さの業を背負った文学者だった。
 彼は、周知のように、この現世に生きる動物たちの姿を、調和と生命的な歓喜の相においてではなく、酷薄な食物連鎖的視点にアクセントを置いた不条理性の相の下にとらえようとした。生きるために他の罪無き生物を殺め、自らも他の生き物の犠牲になるか、絶えずその襲撃の脅威に備えねばならない。
 宮沢賢治の数々の童話作品からは、己れを取り巻く存在の理不尽な脅威や悪意に蒼ざめ、その潜在的な恐怖で硬直した身体をもてあましている一人の不幸な人物の貌が浮かび上がってくる。
 その恐怖は、決してこの作者の世界観にもとづくものではない。
 食物連鎖的な視点や殺生を宿命づけられた動物の因果応報的な業苦の摂理など、本当はどうでもよいことなのだ。
 彼の恐怖は、存在そのものへの異和、すなわち、己れが生存を与えられ囲い込まれているこの現世の成り立ちそのものへのどうしようもない原初的な異和に根ざしたものであり、疑いもなく、幼児期はもとより胎乳児期にまで遡ることのできる原型的な刻印に由来した世界風景の傷にほかならない。
 何ものにも還元され得ない私たちの存在的な痛覚、嬰児の悪夢のような原初的なおびえを喚起してやまない、彼の作品の恐ろしい手ごたえが、それを証しているのである。
 そして、この存在への異和の中心に位置するのが、宮沢賢治の、人間へのどす黒い嫌悪と愛憎の念であった。
 作者の「山川草木悉皆成仏」による仏教的世界観の先入見を取り払って虚心に作品を読むなら、誰にでも明々白々なことだが、賢治童話に登場する動物たちは紛れもなく人間の象徴にすぎない。「蜘蛛となめくぢと狸」や「ツェねずみ」「クンねずみ」のような作品を挙げるまでもなく、作者の毒念と冷笑の対象となる動物たちの哀れな生きざまには、人間という、他人との「比較」に弱い、見栄っぱりでさもしい卑俗な生き物への暗い憎悪が込められていることは明らかであるし、不条理な因果の連鎖に絡めとられ、孤独や嫉妬や自己嫌悪やはるかなる憧憬や生きる切なさに悶え苦しむ動物たちの生臭いドラマの数々は、人間的な、あまりに人間的な作者のこだわりが生み出した寂しい戯作的な慰め以外のなにものでもない。
 宮沢賢治は、イソップやアンデルセンのような最大級の寓話的力量をもった童話作家だった。
 当たり前といえばしごく当たり前のことではあるが、宮沢賢治が擬人化された生き物を登場させる場合、語り手による客観的な風景描写のシーンを除けば、現実の動植物の生存感覚を想起させることはほとんどない。
 そもそも動植物に人語をしゃべらせるという設定を立てた時点で、あるがままの生身の存在に対するわれわれの共感や想起の能力は大幅に希釈され、あるいは封じられてしまうのである。擬人化をもくろんだ時点で、既に、作者は、動植物を(あるいは動植物以外のあらゆる自然でも同じことだが)あるがままの存在から引き離し、生臭く息苦しい人間ドラマの枠内に封じ込めてしまうのだ。
 本当の動植物は、そもそも賢治童話のような苦悩とは無縁であり、大自然の摂理の中にぴたっと過不足なく収まり、自然に生き、自然に一生を終わる。動物たちは、食物連鎖的な不条理に苦しんだり、悩んだりはしない。恐怖や苦痛に駆られても、自意識をもてあますことなく、全てをごく自然に本能的に受け容れ、可能な限りの対応をし、即自的にたたかい、生き、死んでいく。食物連鎖や生存罪に悩み、もてあますのは、宮沢賢治という、あまりに人間的な一作者にすぎない。
 彼は、人間という生き物へのどす黒い嫌悪や愛憎の念からどうしても逃がれられなかった。そして、それはそのまま、彼の世界風景の原質ともいうべき、存在へのどす黒い異和の中心に位置するものであった。
 この意味で、宮沢賢治は、芥川龍之介や萩原朔太郎などと同じく、なによりも、資本制近代のもたらしたアトム化の病理がひとつの頂点を迎える大正から昭和初年という時代を生きた、一人の正統的な近代文学者というべきであった。
 賢治の文学は、彼の身体を繰り返し硬直させ、ぎりぎりと締めつけてくる、この冷ややかな存在の不条理感への捨て身のたたかい以外のなにものでもない、と私にはおもえる。
 
      2
 
 たとえば、「二十六夜」という陰惨な寓話作品がある。
 旧暦の六月二十四日から二十六日の三晩にかけて、天の川と三日月のはえる北上川流域の松林を舞台に、梟たちの群れを相手に経典の読誦と講釈を続ける坊主の梟の陰鬱な相貌と、その説教の合い間に進行する、「穂吉」といういたいけな子供の梟の不条理な死の、劇的な対比のドラマが活写されている。この寓話の見どころは、ひとえに、殺生を宿命づけられている畜生たちの呪われたる原罪の深さとその因果応報によるどす黒い地獄をこれでもかと粘着的に描出し、忍従と自己犠牲と極楽往生による彼岸的救済の尊さを説こうとする坊主梟の、異様なまでのマゾヒスティックな存在感にあるといっていい。
 この坊主によって詳らかにされる経典は次のようなものである。
 
「爾(そ)の時に疾翔大力(しっしゃうたいりき)、爾迦夷(るかゐ)に告げて曰(いは)く、諦(あきらか)に聴け、諦に聴け、善(よ)く之(これ)を思念せよ、我今汝(なんぢ)に、梟鵄(けうし)諸(もろもろ)の悪禽(あくきん)、離苦解脱(りくげだつ)の道を述べん、と。(中略)疾翔大力、微笑(みせう)して、金色(こんじき)の円光を以(もっ)て頭(かうべ)に被(かぶ)れるに、その光、遍(あまね)く一座を照し、諸鳥歓喜(くわんぎ)充満せり。則ち説いて曰く、/汝等審(つまびらか)に諸(もろもろ)の悪業(あくごふ)を作る。或(あるい)は夜陰を以て、小禽(せうきん)の家に至る。時に小禽、既に終日日光に浴し、歌唄(かばい)跳躍して疲労をなし、唯唯甘美の睡眠中にあり。汝等飛躍して之を握(つか)む。利爪(りさう)深くその身に入り、諸の小禽、痛苦又声を発するなし。則ち之を裂きて擅(ほしひまま)に噉食(たんじき)す。或は沼田(せうでん)に至り、螺蛤(らかふ)を啄(ついば)む。螺蛤軟泥中にあり、心柔輭(にうなん)にして、唯温水を憶(おも)ふ。時に俄(にはか)に身、空中にあり、或は直ちに身を破る、悶乱(もんらん)声を絶す。汝等之を噉食するに、又懺悔(ざんげ)の念あることなし。/斯(かく)の如きの諸の悪業、挙げて数ふるなし。悪業を以ての故に、更に又諸の悪業を作る。継起して遂に竟(をは)ることなし。昼は則ち日光を懼(おそ)れ又人及(および)諸の強鳥を恐る。心暫(しばら)くも安らかなるなし、一度(ひとたび)梟身(けうしん)を尽して、又新(あらた)に梟身を得、審(つまびらか)に諸の苦患(くげん)を被(かうむ)りて、又尽(つく)ることなし」(ちくま文庫版による。以下、本稿における引用も全て同じ。ただし、ルビは( )で記し、一部省略した。)
 
 この中に、梟に象徴される禽獣のどす黒い原罪と恐ろしい悪業の無限連鎖の地獄図が集約的に説かれており、作品では、六月二十四日から二十六日の三晩にかけて、計四回にわたってこの文がしつこく繰り返し引用され、逐一その内容が詳述・敷衍されるのである。この粘着的な構成自体が既になんとも異様なこだわりを感じさせる上に、殺生罪の痛苦を生々しく喚起しようとする文章の写実的な描写力も残忍な迫力に満ちている。
 まず二十四日の晩には、「疾翔大力」という仏の由来が語られる。この仏は、「施身大菩薩」ともいい、もとは一匹の雀であったが、あるひどい飢饉の年、米も木の実もならず、草さえも枯れ果て、炎天と飢渇のために人も鳥も親兄弟の区別なく餓鬼道の地獄に堕ちた時、己れが棲みついていた家の親子を餓死から救うために、はるか遠くの林にまで赴いてなけなしの木の実を見つけて運び、ついには、一身を犠牲にして親子の餌食になってその生命を養ったという逸話の持ち主である。その功徳によって雀は疾翔大力という菩薩となり、悪業の衆生を憐れみ、たとえ火の中水の中であろうとも、この仏を念ずる者を必ず飛び込んで救い、浄土に連れてゆく大法力の持ち主であるとされる。
 「爾迦夷」というのは梟の上人で、早くから畜生の身のあさましさを嘆いて出離の道を求め、ついに疾翔大力にめぐり会ってその教えによって魂が救われ、天上に赴くことができたという仏である。
 このような施身菩薩に象徴される悲痛な自己犠牲の理念や浄土志向の法話と併行して、説経に飽き飽きした子供の兄弟の梟の無邪気なじゃれ合いの場面が描かれる。三人兄弟のうちの二匹は坊主の説法などそっちのけで、親の叱責もきかず元気よく枝の上で曲芸を披露し合ったり、にらめっこをして遊んでいる。ただ一人「穂吉」という子供だけが、おとなしくじっと説経に耳を傾けている。
 この穂吉のおとなしさと素直さが、物語の不条理性を増幅させる伏線となる。
 二十五日の晩には、穂吉の姿は、聴衆の中から消えている。あけ方近くに兄弟三人で遊びに出かけた折に、草刈りの子供に穂吉が捕らわれた事情が語られ、穂吉のおじいさんやお母さん、お父さんの打ちひしがれた姿が描かれる。
 その森の中の陰鬱な空気を一段と暗く染め上げるかのように、坊主の嘆きの説経が挿入されるのである。
 穂吉がこのような目に合うのも、前世や現世の数々の罪業の報いの結果であるから何事もよく諦めて受け容れ、己が宿命の不条理を恨むようなことがあってはならない、万一いのちを失うような局面に陥ったなら、ひたすら疾翔大力のおん名を唱えるようにと、父親の梟に穂吉への伝言を言いきかせた上で、坊主梟は、この現世は切ないことばかりで、涙の乾くひまもない苦界・忍土であり、われらは衆生と共に早くこの苦を離れる道を知らねばならぬと語り、昨夜の講釈の続きに入る。
 ここで説かれるのは、先の経典の引用文で生々しく描写された、梟の餌食となる「小禽」たちの運命である。
 
 「……小禽とは、雀(すずめ)、山雀(やまがら)、四十雀(しじふから)、ひは、百舌(もず)、みそさざい、かけす、つぐみ、すべて形小にして、力ないものは、みな小禽ぢゃ。その形小さく力無い鳥の家に参るといふのぢゃが、参るといふてもたゞ訪ねて参るでもなければ、遊びに参るでもないぢゃ、内に深く残忍の想を潜(ひそ)め、外又恐るべく悲しむべき夜叉相(やしゃさう)を浮べ、密(ひそ)やかに忍んで参ると斯(か)う云ふことぢゃ。このご説法のころは、われらの心も未(いま)だ仲々善心もあったぢゃ。小禽の家に至るとお説きなされば、はや聴法の者、みな慄然(りつぜん)として座に耐へなかったぢゃ。今は仲々さうでない。今ならば疾翔大力さま、まだまだ強く烈しくご説法であらうぞよ。みなの衆、よくよく心にしみて聞いて下され。
 次のご文は、時に小禽既に終日日光に浴し、歌唄(かばい)跳躍して、疲労をなし、唯々(ただただ)甘美の睡眠中にあり。他人事ではないぞよ。どうぢゃ、今朝も今朝とて穂吉どの処(ところ)を替へてこの身の上ぢゃ、」
 説教の坊さんの声が、俄(にはか)におろおろして変りました。穂吉のお母さんの梟はまるで帛(きぬ)を裂くやうに泣き出し、一座の女の梟は、たちまちそれに従(つ)いて泣きました。
 それから男の梟も泣きました。林の中はたゞむせび泣く声ばかり、風も出て来て、木はみなぐらぐらゆれましたが、仲々誰も泣きやみませんでした。星はだんだんめぐり、赤い火星ももう西ぞらに入りました。(中略)
「みなの衆、まづ試しに、自分がみそさざいにでもなったと考へてご覧(らう)じ。な。天道(てんたう)さまが、東の空へ金色(こんじき)の矢を射なさるぢゃ、林樹は青く枝は揺るゝ、楽しく歌をばうたふのぢゃ、仲よくあうた友だちと、枝から枝へ木から木へ、天道さまの光の中を、歌って歌って参るのぢゃ、ひるごろならば、涼しい葉陰にしばしやすんで黙るのぢゃ、又ちちと鳴いて飛び立つぢゃ、空の青板をめざすのぢゃ、又小流れに参るのぢゃ、心の合うた友だちと、たゞ暫(しば)らくも離れずに、歌って歌って参るのぢゃ、さてお天道さまが、おかくれなさる、からだはつかれてとろりとなる、油のごとく、溶けるごとくぢゃ。いつかまぶたは閉ぢるのぢゃ。昼の景色を夢見るぢゃ、からだは枝に留まれど、心はなほも飛びめぐる、たのしく甘いつかれの夢の光の中ぢゃ。そのとき俄(には)かにひやりとする。夢かうつつか、愕(おどろ)き見れば、わが身は裂けて、血は流れるぢゃ。燃えるやうなる、二つの眼が光ってわれを見詰むるぢゃ。どうぢゃ、声さへ発(た)たうにも、咽喉(のど)が狂うて音が出ぬぢゃ。これが則ち利爪(りさう)深くその身に入り、諸(もろもろ)の小禽痛苦又声を発するなしの意なのぢゃぞ。されどもこれは、取らるゝ鳥より見たるものぢゃ。捕る此方より眺むれば、飛躍して之(これ)を握(つか)むと斯(か)うぢゃ。何の罪なく眠れるものを、たゞ一打(ひとうち)ととびかゝり、鋭い爪でその柔(やはらか)な身体(からだ)をちぎる、鳥は声さへよう発(た)てぬ、こちらはそれを嘲笑(あざわら)ひつゝ、引き裂くぢゃ。何たるあはれのことぢゃ。この身とて、今は法師にて、鳥も魚も襲はねど、昔おもへば身も世もあらぬ。あゝ罪業のこのからだ、夜毎(よごと)夜毎の夢とては、同じく夜叉(やしゃ)の業をなす。宿業の恐ろしさ、たゞたゞ呆るゝばかりなのぢゃ。」
 風がザアッとやって来ました。木はみな波のやうにゆすれ、坊さんの梟も、その中に漂ふ舟のやうにうごきました。
 
 まことに陰惨な坊主の精神というほかはない。旧約聖書にも似た、人間の無力さと存在の不条理性の強烈さを、これでもかと印象づけようとする残忍な作為に満ち満ちている。隠されたマゾヒズム、狡猾に人の魂を蝕む、慈悲を装った冷酷さ。キリスト教や仏教には、宗派を問わず、大なり小なりこの手の死臭がつきまとっているが、ここには、宮沢賢治の最深の暗部が透けてみえる。
 しかしそれと同時に、この坊主梟のうさん臭い、陰湿な存在感の濃密な描写には、作者の強烈な異和のおもいが込められているのも、またたしかなことである。
 賢治の法華経信仰の観念的なご託宣に鼻づらをひきずり回されて、作品を作品として虚心に読むことのできなくなった頭でっかちのインテリか、さもなくば、死の恐怖に全身が麻痺し、生きることの獰猛さの芽を完全に摘み取られて、彼岸への蒼ざめた救済に取りすがるしか能のなくなった人間でもない限り、「二十六夜」に描かれた坊主の説教や洗脳に胸のむかつくような吐き気と憤りをおぼえないはずはない。
 やり切れない不慮の災難に遭遇した穂吉の両親やおじいさんの、必死に嘆きをこらえるけなげな姿やデリケートな心づかいの哀切な描写の合い間に、原罪と因果応報と厭離穢土・欣求浄土の陰々滅々とした説教を読まされるほど、神経にさわることはないのだ。
 作者の宮沢賢治が、そのような死臭に呑み込まれて人間らしい暖かい身体の麻痺し切った冷酷なマゾヒストになり下がった人物でないことは、土俗的な荒々しい闇の息吹や生きる切なさへのゆたかな共感のおもいを表現した彼の童話作品が、なによりも雄弁に証明していることである。
「二十六夜」に描かれた坊主精神のどす黒い陰湿さ・酷薄さの中に、われわれは、現世への不条理感と虚無の妄念をいたずらに煽り立てる観念的マゾヒズムへの賢治の身体的な抗いの激しさを読み取るべきなのだ。
 坊主の説教をよそにのびのびと樹上で戯れる穂吉の兄弟たちの闊達さの描写もまた、作者のすこやかな身体性の無意識的な抗いの姿勢が生み出したものにほかならない。兄弟の内、坊主の説法をありがたがって真剣に聴聞しているおとなしい素直な穂吉が、真っ先に坊主精神の餌食になってしまうという構成にも、作者の無意識の暗い鬱屈が看取される。
 作者のこの意識と無意識の落差は、三日目の二十六夜の描写に至って劇的なピークを迎える。ここでは、解き放たれる時に人間の子供に脚を折られたために飛べずに墜落し、瀕死の痛みの床にありながらけなげに聴聞を望む穂吉の前で、性懲りもなく死の説教が続けられる。
 何の罪もない穂吉の脚をわざわざ面白半分に折った人間たちへの復讐の念に燃える梟たちを、そんなことをすれば血で血を洗う修羅の闘争が繰り返されるだけだと懸命になだめた上で、坊主は、経文の最後の一節について講釈する。
 
「……一の悪業によって一の悪果を見る。その悪果故に、又新(あらた)なる悪業を作る。斯(かく)の如く展転して、遂にやむときないぢゃ。車輪のめぐれどもめぐれども終らざるが如くぢゃ。これを輪廻(りんね)といひ、流転(るてん)といふ。悪より悪へとめぐることぢゃ。継起して遂に竟(をは)ることなしと云ふがそれぢゃ。いつまでたっても終りにならぬ、どこどこまでも悪因悪果、悪果によって新に悪因をつくる。な。斯(か)うぢゃ、浮(うか)む瀬とてもあるまいぢゃ。昼は則ち日光を懼(おそ)れ、又人及(および)諸の強鳥を恐る。心暫(しば)らくも安らかなることなし。これは流転の中の、つらい模様をわれらにわかるやう、直(ぢ)かに申されたのぢゃ。勿体(もったい)なくも、我等は光明の日天子(にってんし)をば憚(はば)かり奉る。いつも闇とみちづれぢゃ。(中略)もし白昼にまなこを正しく開くならば、その日天子の黄金の征矢(そや)に伐(う)たれるぢゃ。それほどまでに我等は悪業の身ぢゃ。又人及諸の強鳥を恐る。な。人を恐るゝことは、今夜今ごろ講ずることの限りでない。思ひ合せてよろしからう。諸の強鳥を恐る。鷹やはやぶさ、又さほど強くはなけれども日中なれば鳥などまで恐れねばならぬ情ない身ぢゃ。……」
 梟の坊さんは一寸(ちょっと)声を切りました。今夜ももう一時の上(のぼ)りの汽車の音が聞えて来ました。その音を聞くと梟どもは泣きながらも、汽車の赤い明るいならんだ窓のことを考へるのでした。講釈がまた始まりました。
「心暫(しば)らくも安らかなることなしと、どうぢゃ、みなの衆、たゞの一時(いっとき)でも、ゆっくりと何の心配もなく落ち着いたことがあるかの。もういつでもいつでもびくびくものぢゃ。一度(ひとたび)梟身(けうしん)を尽して又新(あらた)に梟身を得(う)と斯(か)うぢゃ。泣いて悔やんで悲しんで、つひには年老(と)る、病気になる、あらんかぎりの難儀をして、それで死んだら、もうこの様な悪鳥の身を離れるかとならば、仲々さうは参らぬぞや。身に染み込んだ罪業から、又梟に生れるぢゃ。斯(かく)の如くにして百生(しゃう)、二百生(しゃう)、乃至(ないし)劫(こふ)をも亙(わた)るまで、この梟身を免れぬのぢゃ。審(つまびらか)に諸の患難を蒙(かうむ)りて又尽くることなし。もう何もかも辛いことばかりぢゃ。さて今東の空は黄金(きん)色になられた。もう月天子(ぐわってんし)がお出ましなのぢゃ。来月二十六夜ならば、このお光に疾翔大力(しっしゃうたいりき)さまを拝み申すぢゃなれど、今宵とて又拝み申さぬことでない、みなの衆、ようくまごゝろを以て仰ぎ奉るぢゃ。」
 二十六夜の金いろの鎌の形のお月さまが、しづかにお登りになりました。そこらはぼおっと明るくなり、下では虫が俄(には)かにしいんしいんと鳴き出しました。
 遠くの瀬の音もはっきり聞えて参りました。
 お月さまは今はすうっと桔梗(ききゃう)いろの空におのぼりになりました。それは不思議な黄金(きん)の船のやうに見えました。
 俄かにみんなは息がつまるやうに思ひました。それはそのお月さまの船の尖った右のへさきから、まるで花火のやうに美しい紫いろのけむりのやうなものが、ばりばりばりと噴き出たからです。けむりは見る間にたなびいて、お月さまの下すっかり山の上に目もさめるやうな紫の雲をつくりました。その雲の上に、金いろの立派な人が三人まっすぐに立ってゐます。まん中の人はせいも高く、大きな眼でじっとこっちを見てゐます。衣のひだまで一一はっきりわかります。お星さまをちりばめたやうな立派な瓔珞(やうらく)をかけてゐました。お月さまが丁度その方の頭のまはりに輪になりました。(中略)
「南無疾翔大力(なむしっしゃうたいりき)、南無疾翔大力。」
 みんなは高く叫びました。その声は林をとゞろかしました。雲がいよいよ近くなり、捨身菩薩(しゃしんぼさつ)のおからだは、十丈ばかりに見えそのかゞやく左手がこっちへ招くやうに伸びたと思ふと、俄(にはか)に何とも云へないいゝかをりがそこらいちめんにして、もうその紫の雲も疾翔大力の姿も見えませんでした。たゞその澄み切った桔梗いろの空にさっきの黄金(きん)いろの二十六夜のお月さまが、しづかにかかってゐるばかりでした。
「おや、穂吉さん、息つかなくなったよ。」俄に穂吉の兄弟が高く叫びました。
 ほんたうに穂吉はもう冷たくなって少し口をあき、かすかにわらったまゝ、息がなくなってゐました。そして汽車の音がまた聞えて来ました。
 
 悪業の無限連鎖による応報と輪廻の修羅道の摂理が、これでもかと粘着的に説き尽くされ、そのマゾヒスティックな不条理の地獄図によって聴衆の内に喚起された絶望の果てに、一転して、紫雲たなびくヴァーチャルな浄土イメージによる倒錯的な救済の理念が提示される。旧暦の七月二十六日に疾翔大力をはじめとする三尊が現われるという梟世界の言い伝えがあるが、穂吉と梟たちの信仰の力によって、一月早い六月二十六日に三尊が出現し、穂吉の魂を首尾よく浄土へと導くのである。
 なんとも唐突で安直な、間の抜けた落ちというべきである。
 坊主のじめじめしたマゾヒズムも、ここまで来ると、やり切れなさや憤りを通り越して、作者の乾いたユーモラスな悪意すら感じさせるものとなっている。
 この作品には、他界イメージの闇の象徴であるはずの「月」も、賢治童話でおなじみの「天の川」や「汽車」も、晩年の「銀河鉄道の夜」のような深々とした透明な浄福の感触をたたえてはおらず、ただ痩せ細った現世のうら寂しい酷薄さと他界への悲哀感に満ちた空虚な憧憬を伝えるだけの効果しか与えてはいない。
 穂吉のうすら笑いを浮かべた死相も、成仏などとはほど遠く、われわれの心を冷えびえとさせるだけだ。
 地上的不条理の天上的イメージによる救済という賢治童話の手法が、これほどまでに作者の意図を裏切り、その不自然さに対する作者の無意識的身体的な苦しみと悪意が、これほどに正直に吐露された作品は他にない。
 ここには、宮沢賢治の意識と無意識、理念と身体の分裂・葛藤のドラマが、最も白熱した表現形態をとって顕われているといってよい。
 説教の最中に「上りの汽車」の音が聞こえてくると、「梟どもは泣きながらも、汽車の赤い明るいならんだ窓のことを考へるのでした」というさりげない描写にも、作者の身体的な抗いの姿勢が垣間見えている。
 名作「よだかの星」は、この「二十六夜」で表出されたモチーフが、浄土的彼岸的救済という自己欺瞞の構図に転落することなく、力強く肯定的なイメージで展開された象徴的作品とみなすことができる。
 

      3
 
「よだかの星」では、作者の存在への異和感・不条理感は、己れの自然な身体性への拒絶の苦しみとなって表出される。
主人公の「よだか」は、顔が「ところどころ、味噌をつけたやうにまだら」で、くちばしは「ひらたくて、耳までさけて」おり、足は「よぼよぼ」で一間と歩けないというみにくい鳥で、他のあらゆる鳥たちから嫌悪され、さげすまれている。鋭い爪もくちばしもないので、どんな弱い鳥でもよだかを恐がることはないし、昼の間はまぶしくて空を飛べず、曇った薄暗い日や夜でなくては活動できない。
本当は鷹の仲間でもなんでもないのだが、よだかという名がついているのは、一つには、その羽が「無暗に強くて、風を切って翔けるときなどは、まるで鷹のやうに見えた」ことと、もう一つは鳴き声が「するどくて、やはりどこか鷹に似てゐた」ためであった。
要するに、まっとうな鳥類の社会では全く存在価値が認められない、忌まわしい〈異形〉(いぎょう)の生きものであり、卑賤視の対象でありながらも、どこかで他の鳥類を脅かさずにはおかない、不気味な闇の気配をまつわりつかせた存在なのである。
 自分に似た名をもつことを激しく嫌悪する鷹は、よだかを訪れて無理矢理改名を迫り、断れば殺すと威嚇する。何一つ悪いことはしていないのに、なぜ自分はみんなにこうも嫌われるのかと打ちひしがれながら、よだかは夜中にエサを求めて巣から飛び立ってゆく。
 
 あたりは、もううすくらくなってゐました。夜だかは巣から飛び出しました。雲が意地悪く光って、低くたれてゐます。夜だかはまるで雲とすれすれになって、音なく空を飛びまはりました。
 それからにはかによだかは口を大きくひらいて、はねをまっすぐに張って、まるで矢のやうにそらをよこぎりました。小さな羽虫が幾匹も幾匹もその咽喉(のど)にはひりました。
 からだがつちにつくかつかないうちに、よだかはひらりとまたそらへはねあがりました。もう雲は鼠色になり、向ふの山には山焼けの火がまっ赤です。
 夜だかが思ひ切って飛ぶときは、そらがまるで二つに切れたやうに思はれます。一疋(ぴき)の甲虫(かぶとむし)が、夜だかの咽喉にはひって、ひどくもがきました。よだかはすぐそれを呑みこみましたが、その時何だかせなかがぞっとしたやうに思ひました。
 雲はもうまっくろく、東の方だけ山やけの火が赤くうつって、恐ろしいやうです。よだかはむねがつかへたやうに思ひながら、又そらへのぼりました。
 また一疋の甲虫が、夜だかののどに、はひりました。そしてまるでよだかの咽喉をひっかいてばたばたしました。よだかはそれを無理にのみこんでしまひましたが、その時、急に胸がどきっとして、夜だかは大声をあげて泣き出しました。泣きながらぐるぐるぐるぐる空をめぐったのです。
 
毎晩たくさんの羽虫を食べている己れの殺生罪の宿業を突如として自覚させられるシーンである。ここで重要なのは、食物連鎖的な視点にめざめたよだかの呪いなどではない。「はねをまっすぐに張って、まるで矢のやうにそらをよこぎり」ながら小さな羽虫を次々と呑み込み、闇夜と山焼けの火をバックに、大地すれすれに降り立ちながら鮮やかに反転するよだかのイメージに象徴された獰猛な野性の息づかいと、甲虫を呑み込んだ時の、逃れがたい不条理性の痛覚の、劇的な〈落差〉の感触こそが重要なのだ。
「夜だかが思い切って飛ぶときは、そらがまるで二つに切れたやうに思はれ」るという生命的な飛翔の感覚と、そういう己れ自身の自然な身体性を封じようとする〈存在への異和〉のメッセージの葛藤の苦しみこそ、「よだかの星」という作品を読み解くキーとなるものである。よだかが己れの殺生を呪われたる絶望的な原罪として意識させられる契機が、闇の化身である〈異形〉の存在としてのよだかのあり方に対する他の鳥類たちの理不尽な〈排除〉のまなざしにあったことは、見逃してはならぬことである。
「よだか」という存在の自然な身体性に対して浴びせられた他者の、あるいは世間の〈負〉のメッセージの累積が、ついには、よだか自身の己れの身体性に対する徹底的な拒絶の視線をひき出したのだ。
 人は、他者や世界に対する異和を、己れの内奥に息づく自然な身体の渇きに根ざした生命的なまなざしを紡ぎ出すことで癒し、修復することは可能である。だが、己れの身体性のあり方そのものに根源的な〈負〉のメッセージを浴びせられ、それを相対化しはね返すことができない時、生き難さのぎりぎりの懸崖にまで追い込まれてしまう。己れ自身の身体性に対する反駁不能の異和こそ、人間を究極的な死へと追い込んでゆく悪しき想念なのである。
 絶望の淵に叩き落とされたよだかは、灼け死んでもいいからあなたの所へ連れて行ってくれと、太陽やオリオンやその他の輝ける星々に訴えかけるが、全く相手にしてもらえない。
 
 よだかはもうすっかり力を落してしまって、はねを閉ぢて、地に落ちて行きました。そしてもう一尺で地面にその弱い足がつくといふとき、よだかは俄(には)かにのろしのやうにそらへとびあがりました。そらのなかほどへ来て、よだかはまるで鷲が熊を襲ふときするやうに、ぶるっとからだをゆすって毛をさかだてました。
 それからキシキシキシキシキシッと高く高く叫びました。その声はまるで鷹でした。野原や林にねむってゐたほかのとりは、みんな目をさまして、ぶるぶるふるへながら、いぶかしさうにほしぞらを見あげました。
 夜だかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。もう山焼けの火はたばこの吸殻のくらゐにしか見えません。よだかはのぼってのぼって行きました。
 寒さにいきはむねに白く凍りました。空気がうすくなった為に、はねをそれはそれはせはしくうごかさなければなりませんでした。
 それだのに、ほしの大きさは、さっきと少しも変りません。つくいきはふいごのやうです。寒さや霜がまるで剣のやうによだかを刺しました。よだかははねがすっかりしびれてしまひました。そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺんそらを見ました。さうです。これがよだかの最後でした。もうよだかは落ちてゐるのか、のぼってゐるのか、さかさになってゐるのか、上を向いてゐるのかも、わかりませんでした。たゞこゝろもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、横にまがっては居ましたが、たしかに少しわらって居(を)りました。
 それからしばらくたってよだかははっきりまなこをひらきました。そして自分のからだがいま燐(りん)の火のやうな青い美しい光になって、しづかに燃えてゐるのを見ました。
 すぐとなりは、カシオピア座でした。天の川の青じろいひかりが、すぐうしろになってゐました。
 そしてよだかの星は燃えつゞけました。いつまでもいつまでも燃えつゞけました。
 今でもまだ燃えてゐます
 
何度読み返しても、息づまる緊迫感をたたえた美事な文章というほかはない。
 寓話的な象徴手法を駆使しながら、このような実存的な臨場感を描破し切ってみせた作者の力量と不幸をおもうと、感無量のおもいに駆られる。
 世界からの徹底的な拒絶と己れ自身による己れ自身に対する絶望的な負のメッセージの一切を蹴散らし、ありとあらゆる相対的な価値評価のまなざしを消し去って、いかなる他者の場所とも交換不能な、己れ自身という、誇り高い〈孤〉の絶対的な屹立の場所にたどり着いてみせた「よだかの星」の、灼熱の憤怒と生命的な輝きの気高さはどうだ。
 これはひとつの死のイメージだ。だが、ありとあらゆるちっぽけな現世的秩序の桎梏を根源的に超越してみせた、魂の転生の軌跡なのだ。
 私は、「よだかの星」を、無名の巨星として屹立してみせた文学者宮沢賢治の、自己肯定と自立の凄まじい土性骨を示す記念碑的作品とみなしたい。(この稿続く)
 





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